踊ってから考える

エンターテインメント過剰摂取記録

『トルツメの蜃気楼』を観た。


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※はちゃめちゃにネタバレしてるよ!!!!!

 

 

『りさ子のガチ恋♡俳優沼』で俳優オタを始め、客席側の人間をエモーショナルの海に突き落としまくった脚本演出家・小説家の松澤くれは氏が脚本演出の『トルツメの蜃気楼』を観に行って来たぞー!


 


以下、公式よりあらすじ。


「負けてからはじまることだってある」

何者にもなれない私たちの、終わらないための物語。


小さな編集プロダクションに勤務する横井ユリ、27歳。
日々、人の書いた文章の誤りを見つける【校閲】を続けている。

ある日、いきなり会社の上司から「アイドルにならない?」と誘われる。
個性豊かなメンバーとともに、アイドルフェスへの出演を目指すことに……。

ユリは、かつての同級生・アヤに想いを馳せる。

「一緒に来てくれないから、一緒に夢を叶えることにした」

上京してアイドルになった彼女。夢に敗れていなくなった彼女。

微笑みを向けるアヤの幻影は、今日も消えることはない。

心が折れても人生は続く。負けてからはじまることだってある。


これは何者にもなれない私たちの、終わらないための物語――。


ここまで引用

 

 

いやー、これはヤバいね!(LDH文法)
前回のりさ子は客席側の「特別になりたい」人間の話だったけど、今回*1のトルツメはステージ側の「特別になれなかった」人間の話だと思うので、完全に客席側の人間とは言え、推しバンドの解散を見届けたばかりなので、刺さり方がえぐいし、テーマがそもそもその推しバンド*2の世界観と親和性が高くて、こんな偶然あるかね…!

「勝ち続けられる人はいない。負けても、人生は続く」的な台詞、最終公演のタイトル*3かな…?

 

小さな編集プロダクションで派遣社員として働く27歳のユリは上司で副業としてアイドルプロデュースをしている水島からアイドルに(ほぼ無理矢理)誘われる。
断り切れずにスタジオ練習の見学だけと言う話がグループに加入することになっていて、メンバーのアリスとあいりんもそのつもりでユリに接する。
水島は大手芸能事務所のプロデューサーの杉本をスタジオに連れて来て、大きなアイドルフェスにあたかも出られるかのように振る舞う。
俄然その気になるアリスとあいりんになんだかんだ押し切られるユリ。
ユリは乗り気じゃないと言いながら、強く断ることは出来なくて、曖昧な態度のまま、話が進んでいく。

 

高校生の頃のユリにはアヤと言う仲の良い友人が居て、地元の富山の大学に進学して、そのまま地元で就職しようとしているユリに「上京してアイドルになる!」「一緒に東京へ行こう!」と誘うアヤ。
結局、ユリは地元で進学し、アヤは一人で上京し、芸名を「横井ユリ」にして、アイドル活動を始める。
けれど、「横井ユリ」はアイドルとして中々売れない。

 

この「売れない」を演出するのに、椅子の上に立ち「横井ユリ、18歳!応援よろしくお願いします!」と笑顔で言うアヤの身体を周りが「今夜も飲み会があるから」「偉い人も来るからね」などと言いながら、赤いペンライトで撫で回すのが中々のエグさ。
アヤの台詞は年齢の部分しか変わらないのに、周りの台詞は「代わりなんていっぱいいる」「身体使ってでも仕事を取れよ」と直接的になっていくのも露悪的だけどわかりやすい。

 

結局、「アイドルの横井ユリ」ことアヤは売れないまま、ビルの屋上から飛び降りて自ら命を絶ってしまう。
アヤが死んでしまって、原因が自分にもあったのではないかと思うユリ。アヤの幻覚に問いかけても答えはなくて、ユリはアヤに導かれるように上京してきていた。

 

ユリが派遣社員として勤める編集プロダクションは出版不況もあって倒産寸前で社長の長谷部と正社員の森は受ける仕事の内容を巡って、意見が食い違うなど職場状況は悪化している。
スタジオが取れず、水島の指示で休日の会社でフェスに向けて練習をしようとするも、森が出勤していて練習が出来ない。森とアリス、あいりん双方から色々言われても、どちらにもはっきりと言えないユリ。
出勤日を勘違いしたアルバイト大学生の川原もやってきて、流れでフォロワー2万人の川原のインスタアカウントでユリのグループがフェスに出ることを告知することに。

 

その後、水島が突然失踪。編集プロダクションの経営もいよいよ差し迫って、どうにもならない状況でグループメンバーのアリスがストーカーに刺され、重体に。
川原のインスタライブで杉本の事務所の大規模アイドルフェスに出ることを勝手に告知していたことから、大々的に報道されてしまっているようで、ユリとあいりん、杉本、川原で話し合いに(一方的に杉本が怒ってる形ではあるけど)

「フェスに出るなんて決まっていなかったのに、勝手に告知したせいでフェスの開催も危ぶまれる、出る予定ではなかったと訂正しろ」と迫る杉本に「出してくれるって言った、絶対出る」と譲らないあいりん。
そのやりとりの中でアリスとあいりんは水島にフェスに出るためと言われて、お金を払っていたことが判る。
あいりんはトータルで60万、アリスは恐らくもっと払っていて、ユリも既に3万円渡していた。
完全に詐欺だと言う杉本にそれでもフェスに出してくれと食い下がるあいりん。

 

ここでの杉本とあいりんのやりとり、この舞台の中でいくつもある見せ場のひとつだと思うんだけど、これがまあ刺さると言うか、なんて言えば良いのかわからないんだけど、どちらも間違ってはない。
間違ってはないけど、どちらがよりわかるかで客席側の自分もステージを見るスタンスを省みる。

 

「続けることも才能、私は私しかいない。何歳だって夢をみられる。諦めない。努力すれば報われるはず。一人でも応援してくれる人が増えて、その人たちが認めてくれれば文句は言わせない」と言うあいりん。

「続ける以外の才能あるの?私は私と言うキャラだって言うけど、そのキャラは誰が求めてるの?アイドルは商品。キャラって言うのは人に必要とされる魅力。努力すればって言うけど、報われない努力は努力じゃない」と返す杉本。


これなー!本当にこれなー!
いや、判るよ!お互い言ってることは判るよ!
あいりんの言うようにどんな地下アイドルやドマイナーバンドだって好きな人はいるし、ステージ側はきっと夢と希望を持って続けてくれてるよ、でも杉本Pが言うように夢で腹が膨れないのも事実だし、腹が膨れるだけの需要があるかはまた別なんだよねー!判るー!判りたくなかったけど、判るー!

 

あとね、これ、多分客席側の人間が判ったら駄目なんだ。
判っても、それを理由に無理をしたら駄目なんだ……趣味が執着に変わってしまうし、これもきっとひとつの『りさ子』への入口になってしまう。


あいりんと杉本のやりとりは結局平行線のまま、ユリも「叶わない夢は見ちゃ駄目なんですか?」と言ったことを伝えるが、杉本は「わかり合えない」と去ってしまう。
去り際に「もう関わってこないで。あの子(アリス)にも伝えて。それからお大事にとも」って言う杉本は悪い人ではなくて、それがまた立場上のわかり合えなさにも繫がってくると思う。

 

杉本が去った後、ユリの告白がある。

 

アヤが深夜番組でセクハラ紛いの弄りに合いながらも笑っていたのを見て泣いたこと、アヤが死んでしまったこと、アヤがどうして死んでしまったかわからなくてアイドルになったこと、売れなくて半年でアイドルを辞めて、派遣社員としてなんとなく働き始めたこと、校閲の仕事は没頭出来て、他人の書いた文章の間違いを探している間は自分のことを考えなくて済んだこと、(人生が)終わってる振りが出来たこと、水島に誘われたのは多分偶然だけどちょっとは縁を感じたこと、自分の中のアヤがもう一度アイドルをやりたがってるかも知れないと思ったことーー
でも、結局、ユリはアヤじゃなくて、アヤもユリじゃない。だからもうアヤの分まで生きるなんて気負わずに、「横井ユリ」として生きて、経験していければいい。

 

その中で引用したあらすじにもある「一緒に来てくれないから、一緒に夢を叶えることにした」とアヤが言ったのを「(高校時代から)終わった振りをしていたユリの代わりに横井ユリの人生を始めようとしてくれていた」と言う意味でアヤはユリと名乗っていたんだろうと思ったと言うユリにあいりんが一言「独りで寂しかったんだよ、深読みしすぎ」って伝えて去ったのが、エモみの極みだった……!

 

あとこの話し合いに川原が居たんですけど、最初は杉本に勝手に配信したことを一緒に怒られるのかと思ったら、「アリスの代わりにフェスに出て」って話でマジかよってなったし、速攻で「嫌です」って断ったのがなんか物凄い今を感じたんですよね。
大学生の川原はインスタフォロワー2万人居て、インスタライブも顔出しでかなり気軽に配信してるけど、アイドルになるなんて全く考えてない。
川原は川原で生きてる現実がユリとも全く違うし、アリスやあいりんとも全く違うのが妙に印象に残ってる。

 

結局、この話はここで終わりで、編集プロダクションの方は社長が森の提案を受け入れて、電子書籍の仕事を受けることでなんとかなりそうかな?ってことが判るくらいで、水島は見付かってないし、アリスが助かったかもわからないし、フェスが無事に開催されたかもわからない。

 

ただ、ユリの考え方が少しだけ変わって、ユリの人生はこれからも続いていくってことだけ。

 

 

いやー、今回もヤバいね!(LDH文法2回目)
松澤くれは氏のTwitterのプロフィールに「創作のテーマはあなたとわたしが[We]に近づくための物語」とあって、『りさ子のガチ恋♡俳優沼』を見たり読んだりした時にはいまいちピンと来てなかったんだけど、『トルツメの蜃気楼』を見たら、なんとなくだけどこの[We]の意味する[私たち]は「わかり合って理解し合う私たち」じゃなくて、「わかり合えないと理解し合う私たち」ってことなんじゃないかなって思ったりしました。

 

 

なんせ、誰かとわかり合えなくても「私たち」の人生は続いていくし。

 

 

りさ子のガチ恋♡俳優沼の感想も別途長々書いてあります。
小説

舞台

*1:2016年の再演

*2:マイナス人生オーケストラ 2019年6月2日に味園ユニバース公演を持って解散しました

*3:終点おしまい駅、そして人生は続く。