踊ってから考える

エンターテインメント過剰摂取記録

『推し、燃ゆ』を読んだ。

※内容にまあまあ触れています。
※個人の感想です。

 

 

 

7月7日発売の文藝に掲載されている『推し、燃ゆ』を読んだ。
発売直後から話題になっていたようで、TwitterのRTで知った。
すぐにKindleで検索したが、電子版はなく、翌日の仕事終わりに職場近くの本屋に行ったけど既に売り切れで、職場最寄駅近くの本屋にもなくて、e-honでも取り置き予約出来ず、Amazonでもプレ値で送料抜きで1.5倍くらいになっていて、本屋がある駅で途中下車してなんとか手に入れた。
雑誌を探し歩いたのは久々である。

 

Twitterでタイトル検索すると絶賛の嵐だし、好きな題材なので期待して読んだが、読み終わってから、ずっと色々なことを考えている。

面白いか面白くないかで言えば、めちゃくちゃ面白かったし、文章も読みやすくて上手いと思う。

でも、どうにも好きじゃない。
このどうにも好きじゃない理由を考えて唸っている。


『推し、燃ゆ』は推しがファンを殴って炎上した女子高生あかりが主人公の話だ。

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。

こんなに判りやすい書き出しがあろうか。
主人公が推すアイドルがファンを殴って燃えた。
そりゃ燃えるだろう。カノバレのような「アイドルじゃなかったら他人が口出すようなことじゃないこと」ではない。傷害事件だ。
燃えに燃える「推し」と「あたし」の話が展開されるのかと思ったが、詳細は結局最後まで判らない。
主人公のあかりにとって知りたくないことだからだろう。
どんな理由であれ、これからも推し続けると決意は固かった。

あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった。推しの見る世界を見たかった。

あかりは推しに認知されたいタイプのファンではない。
推しの発言、演技、パフォーマンスを分析し、解釈し続けることであかりは推しの発言も予想できるようになり、予想が的中することで解釈はより強固になる。
解釈をまとめたブログは閲覧数を伸ばし、あかりのブログのファン、積極的ではないにしろ、ネット上の繋がりが出来る。

あかりの推しはどうやら逮捕はされず、グループの活動休止も本人の謹慎や脱退もなく、途中だったツアーはそのまま続行される。
推しが所属するグループ*1は人気投票がある。1位になるとアルバムでソロ曲がもらえて、推しは去年1位だった。

今年は当然順位が落ちることが予想されて、あかりは全てを捧げるつもりで推しを推す。
1枚2000円のCDを買うためにバイトのシフトを入れるだけ入れる。
しかし、あかりは上手く日常生活を送れない、「保健室で病院への受診を勧められ、ふたつほど診断名がついた」という表現をされているが、おそらく発達障害で、バイト先の居酒屋でも常連客から「チューハイちょっと濃くしてよ」程度の忖度してくれにパニックになってしまい、いつまでも慣れない。
バイトだけでなく学校の生活も儘ならず、家族の理解も全くない。

あかりが推しにハマった瞬間の凄まじい描写とかわらぬ語彙力で紡がれるあかりの儘ならない日常生活が読んでいるだけでしんどい。
何も上手くいかない生活を推しを推すことでなんとかやり過ごしているあかり。

結局2000円のCDを50枚買って投票するが、推しは最下位になってしまう。
あかりはもっと何もかもを投げ捨てて、推しを推すことに集中しなければと思うが、あかりを取り巻く環境は推しとは全く関係のないところで変わっていく。

高校を留年することになり結局退学する、祖母が亡くなった時に連絡を忘れて無断欠勤しバイトをクビになる、当然就活も上手くいかない。
半ば追い出されるように実家を出ることになり、祖母が住んでいた家でひとり暮らしをすることになるが、すぐに部屋を散らかしてしまう。

あかりは推しを推すことでなんとか立っているけど、推しの存在はあかりの生活を変えることは良くも悪くも一切ない。
推しに狂って借金してどうにかなることもないが、推しを推すために仕事を頑張ることどころか就活が上手くいくこともない。

推しが燃えてから1年ほど経ったであろう日、あかりの推しに熱愛報道が出る。
あかりの生活は大きく変わったが、その間の推しがどうなったかの説明はない。
熱愛報道の見出しに「ファン離れ加速!?」とあるから、まあ人気は落ちたのだろうくらいのことしかわからない。
熱愛報道が出て数日後、推しがインスタライブを行う。
熱愛報道が出た後のインスタライブで推しは「すぐに発表されるから」とフライングでグループの解散を発表する。
その上、解散発表の記者会見に左手の薬指に指輪をつけて出て来て、解散コンサートをもって引退を発表する。

最悪である。他人(あかり)の推しだが、最悪としか言いようがない。
人気投票の結果発表をテレビで中継するような、解散コンサートをドーム*2で行う規模のグループでこれはない。

当然だが、あかりの推しは第三者は勿論、グループの他のメンバーのファンからも叩かれる。
推しの言動も推しを叩く声も上手く受け取れないまま、あかりは最後まで、全てを捧げようと推しを推そうと決める。
今まで買わなかった物販のグッズも買い、解散コンサートツアーで遠征し、推しのメンカラー一色のコーディネートでツアーファイナルへ行く。

解散コンサートの記者会見以降、あかりの推しの台詞はない。コンサート最後の挨拶の描写もない。
あかりが見た、あかりの目を通した推しの輝く姿とあかりの感じたことの描写だけがあって、あかりの推しは呆気なく引退した。


推しが引退したことを上手く受け止めきれないあかりは解散コンサートのDVDを観て、ブログをまとめようとするが、書いては消しを繰り返す。
気分転換のつもりで散歩に出て、匿名掲示板で晒されていた推しのマンションへ向かう。
マンションを見る。マンションのベランダに洗濯物を干そうとして出て来た女性を見て、あかりは推しが「人」になったことを改めて実感し、その場を後にする。
その女性が推しの関係者かどうかはどうでも良かった。

あたしを明確に傷つけたのは、彼女が抱えていた洗濯物だった。あたしの部屋にある大量のファイルや、写真や、CDや、必死になって集めてきた大量のものよりも、たった1枚のシャツが、一足の靴下が一人の人間の現在を感じさせる。

一生推そうと思った推しがいなくなって、あかりは色々なことを考える。
推しは何故ファンを殴ったのか。何故推しを推してたのか。推しがいなくなって、どうやって生きていくのか。
あかりはそれでもなんとか生きていくつもり、といったところで話は終わる。


面白かった。描写が細やかで、推しを好きになったところなど素晴らしい表現だと思った。
でも、やっぱりどうにも好きになれなかった。

 

わたしはステージとフロアを題材にした作品が好きだ。
『推し、燃ゆ』も題材としては好きな題材であることは間違いない。
所謂純文学と言うものが好みではないのかと思い、その後二日で『武道館』と『婚外恋愛に似たもの』も読んだ。

そこでなんとなく自分の好きな話がわかった気がする。
わたしが好きなステージとフロアの話はステージとフロアの間で何かが発生する話なのだろう。
それが良くも悪くも、両側でも片側だけでも、何かが起こる話。

『推し、燃ゆ』は推しは燃えたが、推しが燃えたことであかりの生活はバイトを増やしたくらいで特に変わらなかったし、推しが燃えていなくてもあかりはいずれバイトをクビになって、実家を追い出されただろう。
あかりは推しを推すことでなんとか立っていたけれど、推しのせいや推しのために狂うことはなかった。狂うことも出来なかった。

ただ、推しを推していて、それとは関係なく生活が儘ならない。


ああ、わたしは誰かのせいや誰かのために狂っていく人の話が好きなんだなあ、下世話だなあと改めて自覚してしまった。
だから、どうにも好きな話じゃないんだなあ、と思い至ったのだった。

 

 

 

 

 

 


さて、ここからは完全に余談なわけですが!
本屋をハシゴして掲載されている「文藝」手に入れたけど、電子でも読めればなーと言うツイートをしたわけですよ!

それに対して、こんな引用RTがついたんです。

お???これは絶対に電子版は出さないって喧嘩を売られているのか???わたしはツイートの時点で手に入れているが???Amazonでプレ値になってるところだけに反応していないか???文芸誌のTwitter担当なんだから140文字内で書いてあることちゃんと読んで?????と思いながら、破れ掛けのオブラートに包んで、「(前略)電子にしねぇって決意の宣言で良いってことですよね?」って引用RTし返したら、まあ返信はなかったんですけど、その同じアカウントで『推し、燃ゆ』の感想のツイートをRTされたので、滅茶苦茶印象悪いことするなあ、文藝!って思いました!

以上、余談でした!

 

*1:男女混合グループで人気投票やるか?とは思った

*2:後の記述で数千人を収容したドームとあるので、ドームとホールを間違っているのかもしれないし、ドームだけど数千人しか入らなかった可能性もある