踊ってから考える

エンターテインメント過剰摂取記録

『ギャ男であるということ、すなわちバンギャになるということーーヴィジュアル系におけるフロアの論理を再考する』を読んだ。

※あくまで個人の感想です。
※めちゃくちゃ批評の内容に触れています。

 

 

 

 

発売前から話題になっていたユリイカの令和元年11月臨時増刊号『日本の男性アイドル』を漸く読み終えた。
なるほどとなる部分もならない部分もあって全体的には面白く読んだ。
ジャニーズをメインにLDH若手俳優についての批評や男性アイドル当事者へのインタビューなどで構成されている中に「男性アイドルの外延」としてヴィジュアル系についての記事も寄稿されており、今回の特集を買うに至った記事のひとつ*1だ。
けれど、自分に一番近い界隈の記事と言うこともあるが、この記事はどうにも納得出来ない部分が多く、こうして独断と偏見による感想を書いている。


当該記事は米田翼氏に寄って書かれた『ギャ男であるということ、すなわちバンギャになるということーーヴィジュアル系におけるフロアの論理を再考する』になるが、一読してまず恣意的ではないか、と思った。
商業雑誌に寄稿する批評で「盤」や「麺」などの匿名掲示板から派生したネットスラングをそうと注釈を付けずに使用していたのでその時点で懐疑的になってしまった*2のは事実だが、内容自体も意図的か無意識的かは不明ではあるが、前提や定義付けが曖昧なまま、一部のみを切り取って論じているように思えた。

氏は冒頭で「ギャ男の特殊な視点に依拠したもので標準的な見解とは一致しない」と述べてはいるが、だとしても恣意的と捉えかねられない内容が多いと感じた。


まず、第一項目の「ステージの論理とフロアの論理」について、NoGoDの団長のインタビュー記事*3の中の発言『人より目立ちたいがために化粧を始めたのが「ヴィジュアル系」だったはずなのに、人と同じような化粧をすることが目的になった時点でこのジャンルの精神は死んでいるんです』を用いて、10年代以降のV系文化の衰退について述べているが、同じ項目内で音楽学者の井上貴子氏の分析である『男性ファンは「音楽性」、女性ファンは「ヴィジュアル」によってV系と向き合う傾向がある』と紹介している。
この分析が正しいとすればとの注釈はあるが、この井上貴子氏の分析は前述のNoGoD団長の発言と既に矛盾しているのではないか?
団長の発言から、10年代以降のV系バンドマンは「視覚的刺激=ヴィジュアル」を重視しており、それが確立したジャンルに自閉し、V系の基本精神を完全に喪失していることになると述べているが、つまり10年代以降のV系ジャンルのフォロワー≒V系ファンのバンドマンたちは「ヴィジュアル」を何より重視していることに他ならないのではないか?
現在のV系バンドマンの大多数は男性であることから、既に男性ファンは「音楽性」、女性ファンは「ヴィジュアル」の分析とズレていることになる。
また、団長の発言は2012年末のため、10年代以降のV系についての話にするのは発言時期が早すぎるのでは?と言う疑問もある*4
勿論、井上氏の分析の肯定材料として、GLAYLUNA SEA、L'Arc-en-Ciel*5のファンだったと発言するV系以外のジャンルのバンドマンもいる*6
しかし、今現在もV系が好きでV系を始めたバンドマンが多数いる(そして、それを衰退の一因と紹介している)以上、井上氏の分析は一理あるが現状の状況からは正しいとは言えない分析ではなかろうか。
以上のことから、氏が定義する「ギャ男」は前提条件に疑義がある。

同項目には他にも疑問を感じる定義があり、「咲き」についても同様である。
氏は「咲き」について、『両手を大きく広げて「麺」に自分の存在をアピールする行為であり、「あなたのためなら股を開きますよ」という含意を持つ求愛行動である』としているが、前段で「咲き」について、V系特有の振付とも述べている。
2019年現在、「咲き」がバンドマンに対して好意を示すという振付であることは否定しないが、あくまでも「振付」であり、求愛行動から始まったものではないというのが個人的な見解*7である。
「咲き」はポップで判りやすい振付であったことから、ギターソロの「キラメキ*8」と徐々に互換されていったように思う。
また、「咲き」が求愛行動であるのであれば、ギターソロで「咲く」のはあくまでソロを弾いているギタリストを特に応援しているファンだけとなるが、フロアの全体が「咲いて」いるのであれば、それはやはり「振付」なのではないか。
「咲き禁盤」に関しても、「咲き」が求愛行動だから禁止なのではなく、楽曲に対する振りとして相応しくないという理由も当然成立するだろう。
なお、当該論では言及されていないが、登場時のメンバーコール時に「咲く」のは、求愛行動である確率が高いと考えるので、前述通り、「咲き」に求愛行動的な側面があることは否定しない。

第一項目では最終的に音楽性を重視する「ステージの論理」に男性性、ヴィジュアルやコミュニケーションを重視する「フロアの論理」に女性性を付与し、その図式から男性でありながら、「フロアの論理」を持つ男性ファンであるところの「ギャ男」と定義し、以降の項目に続けていくことになる。
個人的には既にこの前提の時点で納得がいってはいないが、以降の項目にも納得がいっていないので、このまま続ける。


第二項目以降では氏の「本命バンド」である【甘い暴力】が中心となっており、私は当該バンドに対して詳しくないため、バンドに対する評価は氏の評価を基本そのまま採用させていただき、それ以外の部分で納得いかないことや疑問を感じる部分を列挙していく形になる。 

まず、第二項目のメインとして「フロアの論理」に対して、「暴れられる」と言う共通文法を用いて応答する傾向にある*9と述べられている。
その後段に『V系に特段の関心を持たない一般層が想起するのは、おそらく「コテ系の暴れ盤」だろう』とあるが、ここで「一般層」をどう定義しているかは不明ではあるが、氏が「コテ系の暴れ盤」として上げている【Phantasmagoria】や【ヴィドール】、【MEJIBRAY】、【DEZERT】、【黒百合と影】などを「一般層」が想起するとは思えない。
V系に興味がないのであれば、TVなどのメディアに定期的に取り上げられている、もしくは日本武道館以上の会場でライブをしている、CD売上ランキングなどの数値の実績が必要ではないか?
これは個人的な考えではあるが、2019年現在、「一般層」が想起する実際のV系バンドは恐らく【X JAPAN】か【ゴールデンボンバー】で、「コテ系の暴れ盤」は「ゴールデンボンバーがたまにパロってる概念」としか認識出来ないように思う。
また、「暴れ」の実践として、以下のように定義している。

 

陰キャ」的なノリ=「8の字ヘドバン」や「拳ヘドバン」といったバンギャであれば全員知っているのが当たり前とされるお馴染みの振付

 

陽キャ」的なノリ=お馴染みの振付に加えて各バンド固有の振付

 

陽キャ」的なノリの典型として、【LEZARD】や【ビバラッシュ】を上げており、「キラキラ系」を「陽キャ」ノリの実践者としているが、氏の定義する各バンド固有の振付が広まったのは【PIERROT】であり、振付動画の先駆けは【Psycho le Cému】と考えるのが妥当ではなかろうか?
固有の振付がある曲の比率が示されていないので、一概には言えないが上記2バンド以外でも90年代後半から活動するバンドも少なくとも固有の振付がある曲を2~3曲持っているのは特に珍しいことではない。
そもそも、「Xジャンプ」もバンド固有の振付である。
以上の点から、「暴れ」を固有の振付の有無によって「陰キャ」と「陽キャ」に分類するのを納得するのは難しい。

ただ、氏が述べるように「キラキラ系」の「暴れ」が「陽キャ」的であることに対しては同意出来るところもある。
個人的に氏の定義は「振付」を「暴れ」に含んでいるため、納得が難しいと考えており、あくまで私が定義するとすれば、8の字ヘドバンや拳ヘドバン、折り畳み、モッシュ、ダイブを「暴れ」とし、「振付」を歌詞や動作によって、「陽キャ≒光」と「陰キャ≒闇或いは病み」、そして振付と歌詞内容が一致しない「混合」に分類する。

これは固有の振付の先達として、【PIERROT】や【Psycho le Cému】を上げたが、【Psycho le Cému】の振付は「陽キャ」つまり「光」のノリと考えるからである。
【Psycho le Cému】の固有振付はパラパラなどを取り入れ、曲調も明るいものが多い。サイリウムなどの光り物も取り入れており、見た目的にも「光」っぽい。
対して【PIERROT】の固有振付は歌詞に添ったものが多い。
当該論で述べられている【甘い暴力】の「性欲うさぎ」の「だって私うさぎなんだもん」でウサギの耳を作ることと振付の構造としては同様ではあるが、「鬼と桜」の「闇夜を跳ねる蝶を口に含む」で手をヒラヒラとさせてから口元を押さえたり、「鎌を持つ使者が手を招く」で鎌を作ってから手招きをする振付が「陽キャ≒光」とは言えず、後者は「陰キャ≒闇」に分類するのが妥当だろう。
なお、この定義とした場合、「性欲うさぎ」の振付は「陽キャ≒光」、歌詞内容的には「陰キャ≒病み」の「混合」に相当すると考える。
この振付と歌詞内容の相違については当該論でも言及はあった。


次段では【甘い暴力】が動員を伸ばしている理由として、「陽キャ的暴れ」やTikTokでのバズが上げられているが、この点は勉強不足であるため、割愛させていただく。
論点としては大変興味深く読んだが、ライブハウスのキャパ以外の数字の論拠が記載されていないため、バズの規模*10や同世代との差がわかりにくいとは正直思った*11

【甘い暴力】の勢いと氏の定義する「陽キャ的暴れ」を実践することは従来の「音楽性」を重視する男性ファンには難しく、それを享受することで女性性である「フロアの論理」に乗っ取り、男性ファンが「ギャ男」になるとの見立てに続いているが、その定義が恣意的でない根拠としてファンの呼称を上げている。

LUNA SEA】の「SLAVE」や【DIAURA】の「愚民」を例に主従関係の締結をバンギャの欲望とし、【甘い暴力】のファン呼称が「拗らせ女子」で「拗らせ男子」が男性ファンに用いられないことを上げているが、ここは疑義を呈さざるをえない。

V系バンドに置けるファンの呼称はV系の文化のひとつであることは間違いないが、呼称が出来る構造はいくつかのパターンに分けられると考える。

 

①バンド名+er、et
例:ピエラー、ムッカー、ガリスト、ハイザァなど

 

②FCの名称
例:FISH TANKer、HAPPYSWINGER、海月など

 

③曲名、歌詞
例:SLAVE、虜、ダメ人間など

 

④バンドコンセプト
例:薔薇の申し子、隊員、愚民など

 

⑤バンド名+ギャ*12
例:金爆ギャ、己龍ギャ、Royzギャなど

 

⑥その他
例:女魂、NMNL、マニアなど


大まかなではあるが、以上6パターンに分けてみた*13
曲名がFC名になったり、ファン呼称からFC名になったりする場合があり、氏が上げていた2バンドに関しては後にFC名に採用されているパターンではあるが、発生パターンは違うと考えられる。
また、最も多いであろう①と⑤を論じずに呼称に使用されている単語の意味だけを用いて「バンギャの欲望」とするのは恣意的と言わざるをえない。
また、このパターンから判断すると【甘い暴力】の「拗らせ女子」は④のバンドコンセプト*14から発生したものと考えられ、「拗らせ+女子」ではなく、「拗らせ女子」で一単語とみるべきで、女性であれ、男性であれ、【甘い暴力】のファンは「拗らせ女子」とするのが妥当ではないだろうか。
つまり、氏の言う「陽キャ的暴れ」を受け入れ振りをする男性ファンも逆最で音に注視する男性ファンも共に「拗らせ女子」であろう。
【甘い暴力】に関しては、ファン呼称の一部に「女子」と性別が記載されているため、男性ファンが女性に、バンギャに変態すると言う氏の定義は確かに成立するが、「ギャ男」全体に当て嵌めるのはやはり無理があるように思う。

私自身も「ギャ男」と言う呼称を使いがちではあるが、明確な定義付けはしておらず、なんとなく「バンドマンになる気はなく、ライブハウスでも振付なども楽しみ、インストアイベントなどの接触イベントにも参加する男性ファン」と言うようなイメージではいたが、「ギャ男」を自称する米田翼氏の定義する「ギャ男」にはどうにも納得がいかない、というのが当該論を読んだ感想になる。


V系に関する定義云々に関しては、そもそも「ヴィジュアル系は音楽のジャンルか?」といった大命題も諸説あり、当然答えなどなく、こういった批評も少ないので、個人的に思ったことをつらつらと書き連ねてはみたが、自分でも驚くほど長くなりました。


納得はいかなかったものの、大変興味深く読ませていただいたことは間違いないので、次も買って読みます。

 

*1:他の目当ては歌広場淳(ゴールデンボンバー)のインタビューと松澤くれは氏の若手俳優

*2:これは完全に個人の好みによる

*3:ヴィジュアル系はもう「終わり」?2012年のV系を振り返る第3回/ウレぴあ総研

*4:ヴィジュアル系の衰退についての発言であれば、2016年のVJSにてムックのヴォーカル逹瑯が「ヴィジュアル系はいつから格好悪くなったんだろう」と言った発言をしているので、個人的に10年代以降と言うのであればこちらの発言の方が時期的にも的確だったのでは?と思う

*5:ラルクV系かどうか問題は一旦置いておかせて欲しい…

*6:ルナフェスにいっぱい出てた

*7:調べようがないのであくまでも個人の推察ではあるが、Psycho le Cémuの「春夏秋冬」のサビの「咲いた 咲いた」の振付が今の咲きの原型でないかと考えており、歌詞の内容から求愛行動とは思えない/mixiのコミュニティの質問から、shulla、ナイトメア、バロック辺りが始まりではないか?とあったので、サイコじゃなかった!時期的には同じ頃だとは思います[20191207 18:34追記]

*8:ギターソロの際に手をヒラヒラさせる振りをそう呼んでいた

*9:ここの注釈でライターの藤谷千明氏が同様の発言をしているとあるが、該当の記事を見る限り、藤谷氏は座談会中別の論者の言葉を受けて、『「ノレるかノレないか」の比重が高くなっているみたいな話は、ロックフェスなどでもいわれる話ですね。』と応じているに留まっており、個人的に同様の見解とは思えないが

*10:TikTokのバズで思い浮かべるの「め組のひと」のTikTok無知なんだけど、それと比べてどうなんです?

*11:甘い暴力は告知を積極的に行っていないという点もあるだろうが、同世代と思われるキズや0.1gの誤算は既にZepp規模のワンマンを実施している

*12:金爆以降①のer系はなくなって、ギャに置き換わった印象ある

*13:諸説あります

*14:当該論にも記載があるが、甘い暴力のキャッチコピーは「病んでしまったお姫様たちに捧ぐ、スウィート・ヴァイオレンス・ロック」